twitter

Calendar

SunMonTueWed ThuFriSat
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
<< September 2017 >>

Profile

Mobile

qrcode

Sponsored Links

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

2012.06.17 Sunday | - | -

今帰ってきた〜

袋井での夏祭りの本番終えて帰ってきました。
二週間ぶりに楽器を吹いてそれで本番…ありえんと思いながらもなんとか楽しめました。
アンコールって言われたときに瞬時に何か吹けたらいいなぁ。


仕事のせいで楽器さわれないけど、時間作ってやんなきゃだなって思った。吹きたいイメージで吹けなくなるのはつらい。


浴衣とか。
15年振りじゃないかってぐらいの勢いでした。


メリハリつくようにもっと色々頑張ろ〜っと。
2009.08.09 Sunday | comments(0) | trackbacks(0)

あんまりイライラしない時期が一年くらい続いたこともあったのになぁ

と、最近よく思う。


今年度はカリカリすることも多かったのは事実としてあるとして…。それは様々な理由から余裕がなくなってたからだと思ってたんだけど。

最近は時間的余裕も精神的余裕もあるのに、なんでこんなにイラッとする瞬間が増えたんだろう。

・昨年の感じを引きずってカリカリしている。
・実は精神的余裕はない。
・発散していない。


あ、これだ。

発散してないんだ。



うーん、ボウリングでも行くか。
2009.02.11 Wednesday | comments(0) | trackbacks(0)

最近言われたのは

「それ以上成長したいなら、その傷つきやすさをなおすしかないよね」






確かに。
2009.02.08 Sunday | comments(0) | trackbacks(0)

眠れぬ夜に思うこと

大親友は今カンボジアに行っています。

うちはカンボジアについて何も知りません(知ってることと言えば、首都がプノンペンってなことくらいです)


調べてみます。


カンボジア王国とは、東南アジア、インドシナ半島にあり、タイ・ラオス・ベトナムに囲まれている。日本との時差は二時間。
日本の半分程の国土で、人口は約1300〜1400万人。クメール語を話し、95%の人が仏教徒である。

熱帯モンスーン型気候に属するこの国は高温多湿で、季節は大きく分けて雨期・乾期の二期。
通貨単位はリエル(4000リエル=1ドル)ドルも流通している。

インフラ整備が完了する前に自動車類が流通したために交通渋滞・事故が蔓延。バイク・車ともに乗車定員的な概念なし、乗れるだけ乗る。100cc以下は無免許運転可。

人の頭をなでる・女性がお坊さんに触る・ポルポト時代の話題がタブー。

年中通して蒸し暑いので糖分摂取量が多く、飲み物は大体砂糖入り。




うちは海外とか旅行とかにあまり興味がないので、なかなか話題に飛び付けず若干申し訳ないのですが、
異文化というか、そういうとこに足を踏み入れようとするところはすごいと思う部分です。本人は単なる興味なのかもしれないけど。どちらにせようちにはそういった類いの勇気は元来ありません。

自分とは違う空気に触れる。その刺激によって人は一回りも二回りも成長する。

異文化コミュニケーションって、自分が持っていないものを発見して尊重することですよね。カルチャーショックにより自分の当たり前の概念が壊されていくと同時に広がる視野。

国境を越えなくとも、日常生活での自分以外の他人とだって同じようなものなのに、なかなかそこまで割り切って考えられないのは、なぜだろう?

一週間程の滞在で彼女は一体何を見て何を感じてくるのやら…お土産話も楽しみですがどちらかというと本人の変化を見つける方が楽しいです。見つけたら見つけたでまた焦るんだろうけど…。

ま、無事に帰ってきてくれればそれでいいです。
2009.01.28 Wednesday | comments(0) | trackbacks(0)

ときに、生きるということは戦うということに酷似していると感じることがある

2008年も今日でおしまい、ということで、一年を振り返って今思うことを書いて、本年を締めくくろうかなと思います。

この一年は、自分の弱さから目を逸らすことを許されない、今までの中でもっともつらい一年だったなと感じます。

自信過剰であるけれど、大学三年までの21年間の人生の中で、「自分の力で物事をまわすことができなかった」ことは一度もなかったし、自分にはリーダーをはれる能力がある程度は備わっているし、臨機応変に対応する力も、目標達成能力も持ち合わせていると心のどこかで思っていました。
自分はできると。

そういった自信や能力は、今でも幻であったとは思わないけれど、明らかな過信でした。

現実に大きな団体を動かしていくために求められている能力とは、今までに私が培ってきた能力では“到底及ばない”ハイレベルなものであることを痛感し、単純なショックと、自分のキャパシティの小ささや力不足を突きつけ続けられた一年間でした。

浮き足立つみんなを静められないこと、
うまく仲間に助けを求めることができないこと、
計画性のなさ、
それらに対する焦りや不安によって、自分や、団体の目標、方向性を見失うこと。
経験のないことに対しヴィジョンを確立する能力のなさ。
理想を失うこと。

公務員の二次面接で自分自身が「自分の能力」として答えた「目標達成能力」。
そして自分の中で大失敗として位置づけられている今年の県大会でのうちの団の行動と態度。
自分がうまくまとめあげれなかった原因には、自分に目標が欠けていたと、面接中しゃべりながら気づいたときの焦り。

夏合宿何日目かの夜中、本当はだめなんだけど…ロビーでした大事な話。
一人で120人を引っ張るのか。
それとももっとピラミッド式に網目を張って、みんなで持ち上げるのか。
うちは後者のやり方+下からの底支えや押上といった協力を得て物事を進める方法をとりたい、そのために何をするか。
自分の売りは何か。
行動力と、万人に対するコミュニケーション。
自分が最大限に能力を発揮するためには、そういった武器を確実に身につけること。
能力を見極めて分業できるチームを組むこと(特にいざというときは自分と波長の合う仲間を見つけて仕事をすること)
みんなが成長するためには、なるべくいろんな人と仕事をして、助けてもらい、助けること。
そしてさらに翌日、本当はだめなんだけど…眠気でひっくり返りそうになりながらも夜中から明け方まで話し込んだ「リーダーに必要なものってなんだろうか」会議。
話す・伝えることによって、結局は自分に言い聞かせているようなものでした。


自分ならどういった人についていきたい?
みんなはどういう人を好きになる?信頼する?

そういったことを自分に問い続けること。
ニーズは自分の足で探しに行く。

「あなたは今リーダー職についているということですが、当然その次の代の人たちもそだてなければいけないですよね。そういったことはしていますか?またその際の工夫とかは?」
試験での忘れなれない質問の一つ。
何をすればいいのか、言葉で示すか、態度で示すか、経験させるか。
すべて必要なんだと改めて感じることも多かった。
そして下が育てば自分も嬉しいけれど、それは同時に自分を苦しめていった。
下級生は頑張っている・ぐんぐん成長しているのに、自分の頑張りや成長は足りないんじゃないか?


時間がなかったり、やることが多すぎたり、ことがうまく運んでいないとき、八つ当たりをすることも多かった。
自分のキャパシティの限界に初めて直面し、余裕がなくなった。
自分を制御することができないことに対する焦りとか怒りとか恐怖を経験し、嫌な自分と対面し続けることに対する苦痛や、本気で逃げ出そうとする弱い心にも初めて出会った。
「もう自分には何もできないかもしれない」と。

物事の遂行にとらわれすぎて、人の気持ちを忘れてしまうことの怖さも知った。
例え進むためには犠牲を出す方法しかとれなかったとしても、つらい思いをすることとなる人に対する気配りを忘れないこと。
自分の仲間をとにかく好きになって、大切にすること。
信頼が生まれるし、そんなことより、みんなが好きなら何事も楽しくなる。

いつだったか、ふと思ったんです。
今できることが、今の限界であって、それが精一杯なんだからそれ以上もそれ以下もないと。
(幸い?うちには「まだやれたはずなのに」という出し切れない行動をすることができない癖がある)

自分は完成なんてしていないし、きっとこれからもしない。
だから失敗してもやり直せばいいし、多少回り道したり失敗しても思いっきり動かないと何も変わらない。
できないことを怖がる必要はない。
今の自分は、どんな自分であれ自分なんだからそれでいい。
まずはいいところも悪いところもちゃんと自分で受け止めること。
そして自分の仲間をとにかく大切にすること。
そうしたら、へこむことはあっても、また次の一歩を踏み出すことができる。

来年からもそうやって自分を奮い立たせていきたいと思います。
2008.12.31 Wednesday | comments(0) | trackbacks(0)

まっすぐじゃなかったとしても

たとえ自分の道がまっすぐじゃなかったとしても、それでもいいじゃないか。




失敗しても、後悔しても、まわり道しても
自分の感性を(決して過信せず)信じてやってみたい

真正面からぶつかって倒れてもまた起き上がればいいじゃないかと思う。
できないことは仕方ない。できるようになればいい。

楽しいことや嬉しいことがあったかと思えば、
色んな人を傷つけたし、色んな人に傷つけられもした。
泣いたこともあったし、泣かせたこともあった。

でもそれをちゃんと受け止めなかったら…?

掴むべきものはしっかり自分の手でつかみたい。
自分の気持ちはきちんと自分の言葉で伝えたい。

道はまっすぐじゃなかったとしても、まっすぐ自分らしく自分の道を歩く。




2008.10.18 Saturday | comments(0) | trackbacks(0)

秋もだんだんとふかまってまいりました

20081016215627.jpg

我が家に、象が増えました。
素敵です。


とても物悲しいですね、風が。
大学構内を一人でぽつぽつ歩いているとき。
駅のホームで帰りの電車を待つ間。

そんな季節に生まれました。

自分は決して一人なんかじゃないのに、
一人だ
孤独だ
寂しい
と感じてしまうことってありますよね。
どうしてなんでしょう。
2008.10.16 Thursday | comments(0) | trackbacks(0)

原点に帰る。

みなさんには、自分が悩んだとき立ち寄る場所や、訪れるとすっとリセットできるような、そういった特別な場所はありますか?
私には地元に一箇所存在します。

それがここ、タコ公園です。でっかいタコの遊具がおいてあります。

20081008170253.jpg

今日は授業もバイトも練習もなかったので、ためていた細々したことを済ませてしまおうと思い、朝からせっせと走り回りました。
病院へいき、いくつかの手続きを済ませ、必要なものを買い、ためこんでしまった御守りを納めに行き、残っていたバッティングセンターのカードを使い切ってきました。

途中、銀行にいったんですが、この公園はその銀行のすぐそばにあるんです。
なのでちょっと立ち寄ってしまいました。

うちにとってこの公園はとても特別で、まだ焼津に引っ越してくる前から何度も訪れたことのあるゆかりある公園の一つです(※母の実家が焼津であるため、こちらに引っ越す前から来たことがあるのです)
ちっちゃなころ、じいちゃんと食パンの耳とかもって来ては、公園の鳩とか川の鯉とかに投げ与え、このタコの遊具でもさんざん遊んだし、多分セミもめちゃくちゃとった。

そういった小さな思い出がたくさん残ったこの場所に帰ってくると、うちがいろんなことに悩んでることが少しずつ紐解かれていくような、不思議な気持ちになります。
多分、前回来たのは大学一年生の夏。
知っている人もいるとは思いますが、うちが大学生活や家族との関係に悩んで迷走していた時期です。
破裂しそうになった頭とか心とか、もしかしたら一時的なものなのかもしれないけど、少しだけ落ち着きを取り戻す。暗雲が去る、光が射す、霧が晴れる。




どうも最近、やはりあれこれ考えてそこに向かわなければ、物事は達成できないと“思いすぎていた”気がします。

「やりたいことをやればいい」

そういったシンプルさに欠けていた。
理論尽くしでカッコつけようなんて意識してないけど、でも知らないうちにそうなってしまっていたのかもしれない。

きっと物事はもっと単純だ。
やりたいことがある。楽しいことがある。好きなことがある。
それをただ手に入れるために生きている。

でも何も考えないのも考え物だ、それでは物事は自分の元にやってはこない。
そのためにどうするべきか、なにをすべきか、どう努力するのか、なにを選んで何を捨てていくのか…

「そのために何をするのか」の部分だけを見ているから迷うのだ。考えすぎる。
もっと究極に掴みたいものを、しっかりと視界にいれておかないと、気がついたら迷路になる。迷路は迷ったらつまらないし、何より怖い。

うちにはやりたいことも、好きなこともあるし、大切な人たちもいる。
それはとても幸せなことなんだと思う。
間違って手放すことのないよう、視野を広く、もっと明るく。
自ら明るい気持ちにならなければ、自分の周りはもちろん暗くなる。
ときどきやってくる暗い気持ちとだって、きっとうまく付き合えるさ。
2008.10.08 Wednesday | comments(0) | trackbacks(0)

わけあり貼り付け

ちょいと、仮面ライダーメドレーをやるかもでして。
参考っつか、自分の参考に、はっつけておきます。
ちなみにうちが一番好きなのは、V3。





2008.09.21 Sunday | comments(0) | trackbacks(0)

ぶつぶつ

昨日も結局特には何もせず過ごしそうでした。
論文を一つ読むもよくわからず。
今日は午後から大学に行って、資料探して、学割とって、楽器を吹いて、帰りに明日の切符を買い、帰ってこようかなと思います。
出発予定13時。帰宅は18時過ぎかな、きっと。

うちのLIFE君、またリコールです。
今日点検に旅立ってしまいます。無事に帰ってきてね。
あんまりリコール多いと当然ですが不安です。次はどこの車にしようか悩んでしまいます。


過ぎたことをグチグチ言うべきではないと思うのですが、どうもそれを乗り越えられないのでうちもまだまだ子ども、というか、根本的に性格がよろしくないなと思ってしまいます。

思うのは、吐き出すならそれに適した時期があるということです。
振り返ってみれば、ここ1年ちょっとで色んなことがあって、激動だったなと思うのですが、特に今年度に入ってからは吐き出す機会がなく、くすぶったままでした。
うちはそれを溜め込んで消化しているつもりだったのですがそれは違っていたなと最近気付きました。

時期を逃して排出されなかった感情は、記憶の湖の奥底に沈んで姿が見えなくなっていただけであって、実際にはそこに存在しているのです。あまりにしっかりと。
沈む前に湖の外へ出せなかったせいで、その感情は湖の中に存在し続けることになってしまったとでもいうのでしょうか。
普段は湖全体に微小な塵みたいにちりばめられていてわからないけど、あるときふとした瞬間に急激に集まって形を見せる。

記憶の湖という考え方は、中学生のときに読んだ、大崎善生さんの「パイロットフィッシュ」からそのままきているのですが、あまりに自分にフィットするのでそのまま使っています。

自分の記憶や感情に「コントロールされている」というのはあまりに恐ろしい事態で、されるがまま自分が毒づいていることにしゃべりながら気付くとき、あるいは吐き終えた後に気付いたとき、急激に後悔に襲われてすべてをシャットアウトしたくなることもある。

それらから逃げるか、対峙するか、あるいは受け入れるのか。
あまり深く考えすぎないほうがいいとも思う。



2008.09.16 Tuesday | comments(0) | trackbacks(0)
>> 1/6PAGES

Recent Comments